
2011年夏に図1に示した三つの都市(ニューヨークとフィラデルフィア,そしてテネシー州のジャーマンタウン)をまわって,都合12の図書館を訪問しました。報告会でとりあげたジャーマンタウン・コミュニティライブラリーについてはここでは割愛し,「図書館の住民との距離」という観点で,本文はまとめました。
1.都市型図書館でのサービス事例
BPLとPFLはともに中央館と50以上の分館を擁している,全米でも有数の大規模な図書館システムです。最初に,それぞれの特徴や調査の観点を表1に示します。
1.1 ブルックリン公共図書館(BPL)
BPLの創設は,玄関前にライオン像のあるニューヨーク公共図書館(NPL)とほぼ同時期(1892年にニューヨーク州議会で計画された後1896年にブルックリンの議会が設置を決定した)で,組織形態が非営利法人(NPO)である点も同じです。ただし,BPLの発展はさほど円滑ではなく(現在の中央図書館の建設が始まったのは1912年でしたが,完成したのは1941年でした),NPLと比べると予算もコレクションも大きく違います。ちなみに,NPLは,ニューヨーク市のうち,マンハッタンとブロンクス,スターテン島をカバーするもので,BPLはブルックリンをカバーします。
しかし,ビジネスライブラリー・サービスについては, NPLのSIBL(Science, Industry and Business Library)が,たかだか10数年の歴史しかないのに対して,BPLのビジネスライブラリー・サービスは,1943年からそのサービスを始めていました。公共図書館としてのビジネスライブラリーは,最初にボストン(1930年)が取り組んだのですが,ブルックリンも比較的早い段階でのスタートといっていいでしょう。
ところで,図書館関係者であっても訪れることの少ないこの図書館を調査したのは,その点もありましたが,BPLがレオン・レビイ財団からの寄付金(3250万ドル)によって新しい学習拠点としてのインフォメーションコモンズの計画を2010年に発表したからです。インフォメーションコモンズとは,近年学術(大学)図書館を中心に普及している新たなサービスモデルです。パソコンと情報ネットワークが完備し,比較的ゆったりした座席の学習や仕事のできるスペースです。静かな部分もあれば,グループで議論している部分もあります。むろん必要な情報へはネットワークを通じてアクセスできますし,図書・雑誌も利用できます。
しかし米国といえども,公共図書館ではまだこのような展開はほとんどなく,なぜ,BPLがそうした決定をしたかの理由が知りたかったのです。
(1)BPLにおけるインフォメーションコモンズのねらい
今回の訪問時点では,BPLのインフォメーションコモンズはまだできあがっていたわけではありません。工事着手のための移転などをしている段階でした。図3のような図面等を参照しつつ,表2の趣旨をうかがいました。
このようなスペースが必要になったのは,人々の利用スタイルの変化に着眼したということでした。インターネットで情報を探すため,いつもPC席は行列ができているという現状があり,ディジタル資料の出版が増大しています。また,この状況に即した,人による利用者支援サービスの強化も求められていました。
その上で,インフォメーションコモンズの "ワイアレス・トレーニングセンター"では,情報リテラシーやデータベースについてのインストラクションのほか,種々の講習会を積極的に展開する計画です。それらは主に各種の行政サービス(government service / city service)です。BPLでは,これまでもこの種の講習会を展開していて,その数は311もあり,内容は,多岐にわたっています。図書館が自ら行うというより,種々のパートナーと連携して行うもので,図書館がコミュニティのファシリテーターとして位置づけられているということでした。このように,インフォメーションコモンズ計画は,コミュニティの人々を広く支援するという性格づけがなされていました。

(2)ビジネス&キャリア・ライブラリーにてBPLビジネス&キャリア・ライブラリーは,地域図書館(Brooklyn Height Library)と同じ建屋の1階部分で,閲覧エリアの座席が82と,そのエリアから少し離れた20のPC座席の比較的コンパクトな図書館です。壁面の書架には国内外のビジネス・ディレクトリ(商工名鑑など)が,サービス,製品,金融などといった分野別に分けられ配架されています。また,各種のビジネス情報データベースも多数提供されていて,図書館員は,これらを使って利用者の相談に応じています。この種のコレクションを活用したレファレンスサービスは,ウォールストリートジャーナル紙(たとえば,Looking for free financial resources? Go to the library. 2010-10-07)がコメントしているように,中小企業者にとっては貴重な支援であることは想像に難くありません。
利用者は,中小企業者,学生,投資家,職を探している人々が多いとのことでした。日々やってきて高度なデータベースを使いこなしている個人投資家もいるそうです。
会社経営に関わる相談,職探し,あるいは投資相談などのプログラム(イベント)が毎週数回は開催されています。全米で,ビジネス支援に協力しているSCORE(Service Group of Retired Executives)のボランティアが,ここでも無料でさまざまな相談に乗ってくれます。
BPLでは,毎年ビジネス支援サービスを受けて成功した事業企画のコンペを行い,優れたものに賞金を与え,またその後の活動もフォローするという活動をしています。PowerUP!Winnersです。種々の効果を地域社会にもたらしていることが,これによってうまく説明できています。
1.2 フィラデルフィア・フリーライブラリー(PFL)
フィラデルフィアは,ベンジャミン・フランクリンが1731年に設置した会員制図書館「フィラデルフィア図書館会社(The Library Company of Philadelphia)」の地です。それは,読書のための書籍を人々の間でシェアするもので,いわゆる公共図書館の先駆的な存在といえます。この図書館会社は今でもサービスを続けています。このほかにもフィラデルフィアには由緒ある会員制図書館があります。
一方,このPFLは,その名のとおり人々に資料を無料で提供するために1891年に設立された図書館で,1895年以降はフィラデルフィア市が運営する公立図書館となっています。その使命宣言には,"リテラシーを向上させ,学習の相談に乗り,知的好奇心を鼓舞する"としたためられています。
図4が,1927年に作られた現在の図書館の外観です。この建物は欧米の基準では決して古いわけではありませんが,図書館活動は大きく変わりましたから,2008年にSiobhan A. Reardonを館長に迎え,図書館の内部の改装計画が進められています。そして,ここでもまたインフォメーションコモンズの設置が視野に入っています。(1)サービスの現況
近年多くの図書館業務がアウトソーシングされ,利用者リクエストとリンクした発注の自動化まで事態は進展して(例:マクノートン社のサブスクリプション・サービス),分担する仕事が大きく変化しました。現在図書館員の仕事は,主として①資料選定,②インストラクション,③プログラム(イベント)といったものに集中しています。①に関していえば,コミュニティ・プロファイルをつくり,同時に多様化するメディアやニーズの変化には細心の注意を払っているとのことでした。②や③に関して,子どもや大人のためのプログラムの実績は年間で二万数千件にのぼります。
統計によれば,この1年間(2010年7月~2011年6月)の入館者(自動計測)は, 6,103,628人,同期間の仮想訪問者(ウェブサイトヒットではなく,図書館利用)は6,131,726人,総貸出数は7,210,217件,レファレンス回答数は3,074,170件となっています。仮想訪問者数にみるように,電子図書の需要が爆発的に増加しています。紙の図書と同じように予約して待たねばなりません。電子図書の図書館サービスに関する出版者のビジネスモデルは,電子ジャーナルとは異なり,一定の副本数を限度としたもので,これまでの図書の扱いと類似しているようです。後日利用登録をし,私も試みましたが,評判の本は長い待ち行列ができています。なお,2011年度(2010年7月~2011年6月)電子図書コレクション数は,27,492点です。
全館で利用者に提供しているPCは900台程度ありますが,45%のフィラデルフィア市民は自宅にPCを持っていません。そのために,さまざまな地域の機関(コミュニティセンター,教会,デイケアセンター,社会サービス施設,高等学校など)と連携して図書館のPCを設置しています。また講習会を行い,住民の利用機会を確保するようにしています。今後電子図書リーダー(書籍端末)の貸出も(クレディットカードの提示)行うとのことでした。
(2)近隣図書館での光景
PFLは,中央館のもとに,54の分館(三つの地区図書館[regional library]と,51の近隣図書館[neighborhood library]と障害者図書館)があります。近隣図書館は,たいてい5~6人で運営しており,それぞれ週5日開館ですが,月~金と月~木及び土との二つのグループに分けられ,どこかが開館していますし,また時間もシフトさせています。中央館は,週7日(日曜日も)の開館です。
リバティ・ベルなどのモニュメント近くにある,独立(Independence)という名の近隣図書館を訪ねました。近くに中華街があり,中国系住民の利用者が多く,そのために中国語の資料がたくさん揃えられていました。館内は多くの利用者であふれ,子どもたちへのサービススペースが真ん中にあって,多少さわがしいのですが活気のある雰囲気といってもよいでしょう。この館はスタッフが他の近隣図書館よりも若干多く8名ほどです。しかし,中国語資料などについてはすべてボランティアに依存しています。
PFLでは,中央館に限らず分館における各種の業務について,ボランティアを募集し,トレーニングを提供し,さまざまなサービスにあたってもらっています。なかには図書館情報学を学ぶ学生のインターンシップもあれば,図書館業務補助や,障害者とかアウトリーチサービスなどの支援のほか,英語やITの習得支援などに携わるものがありました。
ボランティア活動ではありますが,基本的に資金援助などを行う図書館友の会活動が米国では盛んです。ちょうどこの地域図書館の友の会の会長とメンバーに出くわし,案内してくれた中央館の管理職とともに,これまでこの分館の図書館友の会がどのような貢献をしたかの説明を受けました。彼らは地域の要求を図書館に伝えるとともに,図書館に寄り添って,図書館活動のための支援を提供する存在です(図5中央の二人)2.米国の都市型図書館の特徴
都市型図書館サービスといえば,流入する低所得層を支援するサービスが目立ちます。フィラデルフィアは,中心部の人口が増えた,人が戻ってきたという,全米でも稀有な都市ではありますが,やはりその点は同じです。
米国での都市型図書館サービスの第一の特徴は,市民性(シティズンシップ:コミュニティの一員としてだれにも認められる権利を擁護し,コミュニティに帰属し,義務を果たしてもらう)の確保です。
もう一つの特徴は,日本と比べてですが,その図書館サービスの構成です。それがひいては住民の信頼を得るのにつながっていると思われます。
2.1 図書館サービスにおける市民性の確保
図書館サービスにおける市民性の確保は,コミュニティのだれもが分け隔てなく図書館を利用できるようにすることです。なんらかの理由により十分に情報が得られない人々(障害があって利用できない,PCを所有していないためディジタル化された情報を利用できない)は,支援を受けます。ブルックリン,フィラデルフィアの図書館では,障害者はむろんのこと,住民間の情報格差について,とくにディジタル・デバイドのための対策が講じられていました。図書館が「知る自由」の権利を確保しようとするならば,それは現在不可欠です。
また,米国では一般に図書館が,職探しや住宅問題など,各種の行政サービスの拠点となっています。これらは,市民としての基本的な権利を保証するものですが同時に,生活基盤を整えてコミュニティに帰属し果たすべき義務を遂行してもらうための支援という性格もあります。市民性について権利と義務の両面を確保するのです。ブルックリン図書館のインフォメーションコモンズの構想の中に組み込まれていた講習会の計画は,このような性格をもちます。
公共図書館において,なぜインフォメーションコモンズを設置しようとしたかは,利用スタイルの変化などの観点もありますが,こういった考え方に立って構成されたものだと理解できました。
2.2 サービス構成と住民の認識
どこの公共図書館も資料を提供しているというサービス自体は同じですから,そのあり方は大方似ているようにみえます。しかし,ちょっと注意してみると,その違いが見えてきます。
サービスの全体の見取図をみると,米国の公共図書館のある程度の規模のものには,現在の日本には見られないポピュラー・ライブラリー部門が存在し,それとともに主題別コレクションの部門 (例図6)が設置されています。主題部門がBPLのビジネス&キャリア・ライブラリーのように別に設置されている場合をもつこともあります。またPFLのように素晴らしい貴重書部門もあります。そして,レファレンスサービスは主にこのような主題部門ごとに行われているのです。これが,これまでの図書館の基本的な枠組みなのですが,1970年代以降発展したわが国の公共図書館は,この枠組みでいうと貸出サービスを中心のポピュラー・ライブラリーの部門だけになっているようです。いいかえれば一般に,主題別部門とそれに付随するレファレンスサービスが極めて貧弱だということです(上にのべたPFLのレファレンス件数を参照)。
その結果,わが国では公共図書館とは一般的な本を借りに行く場所であり,通常の専門書すらあまり期待できず,またなにかを自ら調べたり,図書館員に調査を依頼したりできるものとは考えられてはいません。これが,図書館に対する住民の一般的な認識です。それは住民にとって頼りになる存在としてのサービス設定ができていないということです。この認識が変えられなければ,これまでの利用者だけに接近できても,より多くの住民から頼られる存在となること,つまり図書館と住民との距離が近しい関係が構築できないと思われます。
(まとめ)この文は,米国の公共図書館の事例を示すとともに,それに基づいて図書館と住民との距離について考えたものです。
一つは図書館側が住民をどのようにとらえているかという側面が問題であり,2.1で述べたように,米国の公共図書館では,住民全体を捉え,市民性の確保に貢献する活動を行っています。それは住民全体のいわば平均値をとるというものではなく,現在進展しているさまざまなディジタルサービスも視野に入れた,人々にとって必要なサービスを水準を確保するものです。
一方,図書館がコレクションを形成し,情報・知識の蓄積を維持して,調査研究の用にも足りうるものとなっていますから,住民は図書館について単に貸出サービスだけを受けるというだけでなく,図書館は課題解決のよりどころにできるという認識をもつことができるといえます。
今回の図書館調査は,われわれの公共図書館サービスが,住民をどのように迎え,また,住民からどのように受け止められているかを改めて見つめなおすよい機会でした。(永田治樹)





図1
写真3

写真8
