ウェブ上で「図書館らしい」という表現を拾ってみました。二つの使い方があるようです。

一つは,従来からの一般的なことばづかいで,主に図書館の様子について述べています。(例:①神戸大学法科大学院の図書館についての評価の記録、②北見市の新しい中央図書館建築基本計画、③慶応の湘南藤沢メディアセンター(図書館)についてのコメント)またもう一つは,図書館の仕事のスタイルです。たとえば、カーリルのインタフェースデザインは、従来の図書館の使い方がわからなくても直観的に使えるようにして,「図書館らしさ」から脱却しようというものです。

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 「図書館らしさ」といういい方が,肯定的か否定的かはともかくとして,一つは建築や施設,そして蔵書などが醸す雰囲気,つまり「設え」についてでした。最近出版されたカンディーダ・ホェファーとウンベルト・エコの『図書館(Libraries)』(Thames & Hudson Ltd, 2005)の表紙をかざった,このアムステルダム国立美術館の図書館(図1)などのように,です。

 二つには,図書館活動のスタイルについて述べているものです。図書館システムのインタフェースから、図書館で飲食を許可するかどうかといったことまで関係します。

 この二つの領域について,それぞれみてみましょう。

 

1.  設えの図書館らしさ                    

 大英博物館や米国議会図書館の大閲覧室の円形の閲覧室は,図書館らしさの象徴のように受け取られてきました。どこかでその画像を一度はご覧になったことがあるか思います。公共図書館の円形閲覧室では,グンナー・アスブルンドの設計によるストックホルム市立図書館がよく紹介されています。これは1928年のもので,比較的新しいです。もっと古いものが英国にあります。古びてしまっていたので,話題にされることが少なかったようですが,魅力的なスペースです。リバプール中央図書館は昨年(2013年)改修されましたし(図2),マンチェスター中央図書館も2014年春に再開館します。さらに昨年の10月に新装なった欧州最大のバーミンガム中央図書館にも,内部に5層の円形の書架スペースがつくられています。真ん中を動く歩道があり,行き来できる設えです(図3)。

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 円形閲覧室のコレクションが見渡せる景観は,図書館らしさを表す典型なのでしょう。昨今話題を集めている武雄市立図書館の様子もこのような設えにどこか似ています。この図書館には、“図書館らしくない”という批判がありますが,この点では,きわめてオーソドックスなものだと私は思います。

設えをもっとも気にするのは,図書館建築の専門家です。植松貞夫氏は,図書館は,その使われ方で変わってきたと,次のようにいっています。

・1960年くらいまで:図書館は特別な人が利用するものだった。たとえば,1953年の杉並区立図書館における来館者調査では,回答者4000人のうち,主婦はわずか4人。図書館は,もっぱら高校生・受験生の自習の場であり,当時はそのための部屋が重要で,書架は閉架が主体だった。
・『中小レポート』(1963年)+『市民の図書館』(1970年)後の段階:図書館はようやく普通の人が利用するものとなり,1971年の町田市立図書館調査では,利用者は主婦と子どもが主体であった。図書館サービスといえば,資料の貸出であり,人々はそれを家で読むから,座席は少なくまた自習者は排除され,勉強場所を奪ってしまった。図書を利用しないものは利用者にあらずという態度だった。
・1980年代以降:日本も高度成長後の豊かな社会になり,生活の質への関心を持つ利用者が図書館に来るようになった。図書だけでなく,雑誌,視聴覚資料を利用するようになり,かつ図書館もしだいに館内で知的で豊かな時間を過ごしてもらうことを心掛けるようになった。その結果,図書館が大規模なものになり,快適な座席も用意された。

さて,私たちが問題にするのは,この後です。建物や設備はにわかには変更できないものです。近年公共施設の老朽化対策が問題になっているように,わが国には1970年代のものや 1980年代の図書館建築が多く残っています。しかし社会変化のなかで,人々の生活スタイルが変わり,図書館の使い方にも変化が生じました。そうした変化に合致したものでないと,図書館も敬遠されがちです。

昨年のこの講演会(「図書館の良さ」)でも強調したように,現代のよい図書館には,空間の質の高さ(いごこちの良さ)があります。まずは,よい空間デザインと快適な家具によって快適性が確保されています。物理的に余裕がありかつ精神的にもリラックスできるスペースです。また,静粛を要求する人々にはそのためのスペースが別途設定されています。近年は,図書館建築は,外部からも見えることによって人々を招き寄せ,また館内においても人々が互いに確認し合えるオープンな設計が多いようです。

オランダ,アルメール市の中央図書館の映像をみてください(http://www.youtube.com/watch?v=Uo2HZw4KvuM)。アルメールは,アムステルダム中央駅から電車で半時間ほどのところにある,人口は20万程度のベッドタウンです。アルメール中央駅からほど遠くない,オープンマーケットが立つ広場に,2010に3月に開館したこの図書館があります。

入口を入ると,広がった空間にはスタイリッシュな書店のような雰囲気があります。図書の陳列の仕方も従来のものではありません。書架の形態,配置,そして工夫されたスペース,館内を探索したくなる佇まいです。カフェやシアタもあり,リラックスリーディングのエリア,YA,子どものスペース,そして調査研究・学習スペースもそれぞれとても素敵です。毎朝開館するとすごい勢いで利用者が飛び込んでくるそうです。サービスフロアでのイベントもあって,その様子がYouTubeにあります。

 

2.図書館活動のスタイルに関わる図書館らしさ

現在では,どのようなサービススタイルの図書館が求められているのでしょう。

第1は,情報のアクセスを確保し,メディアの多様化へ対応できるものです。さまざまなメディア(情報媒体)が現れ,紙媒体から電子媒体へと広がっています。図書館は,そうした動きへの対応が求められています。

第2は,人々の生活実態・感性に合致した利用のスタイルです。ライフスタイルに合わせた開館時間,人々が親しみやすい雰囲気づくりです。

第3は,情報化社会における図書館のあり方に関わるところです。今や資料をそろえて利用者を待っていればよかった時代は去って,人々が必要なものを届けるようにならなければ,図書館は忘れ去られていきます。OCLCの副所長ロルカン・デンプシーが提起したインサイド・アウトという考え方に立つものです。

 

2.1 情報のアクセスの確保,メディアの多様化への対応 

人々の情報アクセスを確保し,必要な資料を提供するかは図書館の基本課題です。たとえば,カレントな情報の要求として,新聞,雑誌へのアクセスがあります。わが国の公共図書館では規模の大きいものでも,この領域はかなり手薄です。日々の情報を得る手段なのですが,これらは副次的な扱いとなっています。

昨年アムステルダム公共図書館が新聞・雑誌を4500点も提供していることを紹介しました。マルチリンガルな雑誌・新聞が何列もの書架に並べられていて,国際都市アムステルダムの面目躍如だと思いました。先月,ストックホルムの中央駅近くのショッピングモールをぶらついていましたら,図書館(Bibliotek Plattan)が目に入り,立ち寄ってみました,日曜日でしたが開館していて,モニター上で90か国ほどの約1700の新聞が, 48の言語で提供されていました。私も『毎日新聞』を紙面イメージで読んできました。これはネット上のものですから,スペースもいりませんし,もちろん自宅からでも読めます。

ヨーロッパの首都では,こういう展開ができているのになぜ東京ではと,不思議に思いませんか。少し調べてみました。図書館経費でいえば,東京(特別区の数値をあげています)は180億円(2010年決算),アムステルダム(26億円)の7倍,ストックホルム(18億円)の10倍です。また図書館数では,東京225館,アムステルダム28館,ストックホルム51館です。東京は圧倒的です。しかし,実際はアクセスできる情報に関して大きな差が生じています。

予算をうまく使えば可能でしょうが,そもそも図書館活動の方向性が違うのでしょう。東京の図書館では,新聞・雑誌がそろっていることは必ずしも図書館らしいことではないと理解されているのでしょうか。

あるいは,図書館システム(図書館組織,つまり中央館と分館などの体系)の作り方の問題が関わっているかもしれません。日本では,図書館システムは特別区ごとに組織されています。しかし財政的な面からみて,特別区ごとの図書館システムを構成することは,規模のメリットが小さく,その上にコレクションの高い重複率という運営上の問題もあるようです。コレクションのカバレッジを拡げようとしたら,規模のメリットを生かし,かつ効率的な運用が必要です(ニューヨーク市(人口約800万)の図書館システムは3です。東京特別区:人口約910万)には23あるのです)。

実は1人あたりの図書館経費にしてみると,2010年ベースで,東京は上記の欧州の都市の半分以下(東京:2,106円,アムステルダム:5,249円,ストックホルム:4986円)です(『日本の図書館2012』とIFLAのMetLibグループによる統計)。だからなおさら,東京は,効率的な図書館システムや運営方法を考えなければならないのですが。

少し話がそれましたが,このような背景もきちんと考えてみる必要があります。

新聞・雑誌を例にとって図書館コレクションの話をしました。しかし,それ以外の領域のものも同じことで,多様なコレクションを提供できるようにしているかどうかについて,問題があります。

 そもそも人々の情報要求は図書館のコレクションに限られるものではありません。またメディアが多様化し,人々はネットワークの視野で情報にアクセスしようとします。図書館はそれに応じて,コレクション以外の情報へのアクセスやさまざまなメディアによる読書機会を拡大・確保する必要があります。それに応えるためには,利用者が求める資料探索を手伝い, ILLサービスなどを積極的に展開し,利用者に都合のよい図書館利用(たとえば,利用者自身がもっている情報(PC)と図書館が提供してくれる,あるいはネットワーク上の情報にある同時に使えるようにする)を許容し,さらには電子書籍などの動きにも注目しなければなりません(電子書籍については,多くのコンテンツの配給が始まれば,わが国の事態は一挙に進展します)。

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2.2 どのように人々の生活実態・感性に合致させるか

人々の生活実態・感性に合致した図書館とはどんなものでしょうか。三つほどあげておきます。

①  おちついた・おしゃれな空間

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図4,5は,コペンハーゲン市の分館の一つです(Biblioteket Rentemestervej)。この居間のような読書スペースはとても落ち着きます。1階には,カフェがあります。その壁の書架には雑誌が陳列してあります。お茶を飲んでいるときも,それらを自由に手に取って見られます。図6はドライブの途中にたまたま立ち寄った白河市立図書館です。駅前ですが,おちついた外観で,とてもよい佇まいでした。カフェなどもあり,これなら人々はやってくると思いました。     

②  マナーの範囲での会話はOK

ときおりみかける私語禁止という張り紙はさびしいです。マナーが悪すぎるのでしょうか。それともそうしなければならないのでしょうか。もしそうならば,なんらかの対策を講じる必要があります。たとえば,最近では多くの公共図書館で,静粛にするエリアを設け,通常のエリアでは,高声や大笑は困りますが,おしゃべりOKです。図書館は,地域の人々との交流の場なのですから。そうした配慮があっていいでしょう。

③  セルフサービスは,基本

去年もこの話をしました。図書館にやってくる80%ほどの人々は,自分で資料を探して借り出すのが目的です。それらの方々の多くにはセルフサービスが適しています。人々はさまざまなセルフサービスに慣れています。先進諸国のうちで,公共図書館のチェックアウトを人手で対応しているのは日本くらいです。

セルフサービスをもう少し進めた例として,デンマークのオープンライブラリーという図書館サービスを紹介してみましょう。1人あたりの予算でいえば,コペンハーゲン市の図書館は65.24ユーロですから,132円換算しますとなんと8,611円にもなります。東京の4倍です。世界一図書館財政の豊かな都市です。

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ところが,玄関の時間表示にあるように,全館セルフサービスの時間が設定されています。

 デンマークでは,すべての人がもっと図書館にアクセスできるようにということで,(利用者自身で使う)開館時間の延長とディジタル化が取り組まれています。これがオープンライブラリーです。この時間は,子どもを含めて国民一人一人の個人登録カード(医療カード)とそのパスワードで図書館に入れ利用できます(最初は治安のよい田舎で試行されたのですが,住民は自分の財産を盗まないということで,今では都市でも実施されています)。この施策は一地方自治体のものではありません。デンマークの図書館政策レポート勧告のトップにあげられている事項なのです。たとえば,開館時間は月曜日では午前8時から午後10時(22時)までですが,朝10時までと,19時以降22時までは図書館に職員は不在です。

2.3 サービスの焦点:インサイド・アウト図書館

 これまでの図書館のサービスモデルは,デンプシーによれば,いわばアウトサイド・イン図書館だったといいます。図書館サービスは人々が訪れてくれるのを待つものだったのです。なぜかといえば,情報が希少な価値を持ち取引コスト(取引をするのに関わるコストのことで,実際の取引を行うまでに,どこで取引ができるかの探索コストや,そして取引の際の交渉コスト,さらには契約が守られるための監督と強制コストのこと)が高かった時代には,情報の普及を図る場合,情報のかたまり(コレクション)をある場所に集めておく(そこに行けば必要な情報が見つけられるようにしておく)つまり,社会的に図書館という機関を設定しておくのが,取引コストを低く抑えられ,合理的だったのです。

しかし,今や情報ネットワークが普及し,探索にかかる取引コストは大きく下落しました。また,人々の求める情報は,図書館コレクションという範囲ではなくて,ネットワークの視野に広がっています。人々は情報源にアクセスできればよく,その情報源が図書館ではない可能性も高くなりました。

このような環境で,図書館が十分に機能するためには,人々が情報を得ようという場面に図書館を関わらせることです。そして,図書館がなにをしているか,そのサービスをはっきりとわかるようにすることです。それがインサイド・アウトという方向です。

インサイド・アウト図書館を実現するには,どうしたらよいかについて,デンプシーにもう少し耳を傾けてみますと,次の三つをあげています。

①  利用者がしばしば訪れている場所(利用するサービス)では,利用者にきちんと対応し続けること(欧米の公共図書館のジェネオロジー(祖先さがし)のサービスなどが目に浮かびますが,日本ではなにがあがりますか)。これは図書館が守ることのできる部分です。

②  図書館の活動のなかにコミュニティの目的を取り込むこと(たとえば,ア.子どもの情報アクセス,読書の経験を促す(少子化対策を含めて),イ.リテラシー支援(高齢者のディジタルリテラシーを含めて),ウ.社会的包摂に関わること(排除のないコミュニティ),エ.まちづくり,知識基盤を構築するサービスなど)。それぞれ図書館の目的を設定して,それに合致した活動を展開するのです。

③  利用者と新たな方法でつながるためにこれまでになかった多くの方法を熱心に試みること。

 そして②と③の例としては,コロンバス・メトロポリタン図書館の試みが好例だといいます。ウェブサイトをのぞいてみますと,子どもたちの学習支援というコミュニティの目的について,本当に充実したサービスが展開されています。(http://www.columbuslibrary.org/research/tools/Homework%20Help)。また,ここではビッグデータを活用して,住民の要求や図書館活動評価も実施しています。

 今日お話ししたのは,社会の変化により,図書館の使われ方が変わり,図書館らしさというものが従来とは違った姿になってきたことをとりあげてみました。提示した例は,それぞれの,新たな「図書館らしさ」です。

 図書館らしさは,図書館のアイデンティティによる,表象です。それをまっとうに設定するためには,図書館が活躍するあり方を定義しておく必要があります。しめくくりとしてバーミンガム市で新図書館をつくるにあたって打ち立てた三つの指針を紹介しておきましょう。

 その第1は,この図書館は知識経済に寄与するものであること,つまり,この図書館では学習,ビジネスや起業サービスがとくに重要であるという認識です。第2は,子どもと若者,家族に投資をすることです。これらのターゲットグループにとくに訴えかけようとしています。ただし,これまでの図書館とは異なり,それぞれのサービスを特定のスペースにとどめるものではないとしている点などは興味深いです。さらに第3は,コミュニティ,文化,歴史的遺産を発展させるものとして,市民がこれを所有しているのであり,地元の人々の新しい出会いの場であるということです。

 これを受けて,その設えにはいくつもの特徴がみられました。たとえば,図8のように図書館の中心部分に調査研究の資料がおかれていて,書庫が利用者エリアに出てきています。ところどころに集密書架があり,その資料が自由に使えます。また,図9では,利用者スペースで,窓際の席やら,何人かで仕事ができる空間,静粛さを保てる透明なキュービクルのようなものがみえます。さらに,図10は,子どものエリアでシアタになっている部分です。子どものエリアのとなりは(図11),ポピュラーな読み物のエリアです。これらは1階と地下部分にあります。新たな図書館らしさとしてこのような工夫を表現しています。

(永田治樹 2013.10.11講演[プレゼンテーションは,http://prezi.com/ptl4ay8_d8gc/?utm_campaign=share&utm_medium=copy&rc=ex0share],2014.6収載)

 

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